次郎長 背負い富士 DVD-BOX
いい時代劇を見させてもらった。中村雅俊さん、小倉一郎さんそれに海といえば、七里ヶ浜のイメージだが、今回は江戸から明治への移行期を生き抜けた渡世人が、周囲に生かされて渡る世間という側面をドラマに描く。長五郎の少年時代を演じた小清水一輝さんは、見る人の親心を目覚めさせる好演。大政役の草刈正雄さんの姿を拝見したのは土曜ドラマ以来だが、背筋の伸びた姿は相も変わらず、いい男だ。
原作の山本一力さんの作品は読んでいないが、ドラマを見る限り、明治維新へと動く時代背景も入れながら、人と人との出会いの中に見いだす、つながりの糸や脈というものの繊細さ、さらには価値観の照らし合わせも問う映像に表現できていると思う。やや気が強うそうで幼さも残る、次郎長の最初の妻きわ役は松尾れい子さん。
次郎長は、凶状持ちとなってしまい三行半をきわに差し出し、「縁は切れても次郎長の女房はおまえ一人だぜ」の言葉を残し、無宿者となり縁あって三州に向かう。ところがどっこい、殺って川に放り込ん連中は、・・・。
清水に戻った次郎長は、きわが油問屋に嫁いだことを知り、二番目の妻お蝶と結婚した後のある日、ばったり、街できわに会う。「やっとあなたの夢を見なくなったのに」。これは、効くねえ、ご同輩!
勝ち気な役柄のお蝶役をこなすのは、田中美里さん。この俳優さんもまた、美しい。瀬戸への逃亡の旅は、暑気あたりでやつれ、荷車で子分たちに引いてもらう姿が、何とも、画面に向かって手を引いてあげたくなるほど。
米問屋甲田屋の番頭役、小倉一郎さんも「俺たちの〜」から何十年も経って、年を取ったなりにいい役柄を醸し出している。全編見ると、434分。時の流れに、一息ついてみてはいかがであろう、ご同輩。
DVD3枚セット。脚本、ジェームス三木。演出、冨澤正幸、佐藤峰世、陸田元一。主題歌:中島みゆき。
粗茶を一服―損料屋喜八郎始末控え (文春文庫)
一力ワールドでは真っ正直で一途な思いを持つ主人公が活躍する作品が多いのだが、本作品では幾重にも人物設定に工夫が凝らされている。テレビの長寿番組「水戸黄門」が終わってしまうように、今日では単純な勧善懲悪の物語はもう流行らないのかも知れない。
現代で言えばリサイクルショップの損料屋という看板の裏で、いわば私立探偵でそのうえ正義のためには“始末”さえもためらわない特殊工作員である喜三郎のグループが本来の主人公。本作では、これまでの敵役であった札差伊勢屋四郎左衛門と互いに度胸と才能を認め合う不可思議な関係を基にひそかに手を携えて事件に立ち向かうことになる。
三話仕立てで、富くじ発行権をめぐる詐欺に絡む一話では“猫”が、二話目では“茶”がキーワードになり、札差仲間の主導権争いに絡む悪事をあばく。最終章の三話は陰影の深い“にゅうめん”にまつわる話だが、これだけで終わらずに次の物語の始まりを暗示しているようだ。
本当のワルはまだ明らかにされていないと思うが、時代は寛政の改革のとき。徳川8代将軍吉宗の孫、11代将軍と目されていた松平定信が大繁栄の田沼時代の後に、倹約を説き武士の借金を棒引きにする棄捐令をはじめとする緊縮政策により大不況に陥ったとき。
今後話がどのように広がるか、見逃せない。
あかね空 特別版 [DVD]
山本一力氏の小説を映画化した作品。一力氏は江戸庶民が食べ物屋を経営する話を結構書いているが、この作品の主人公は豆腐屋の夫婦だ。
京から単身で江戸に店を持つためにやってきた永吉(内野聖陽)と近所に住む桶屋の娘おふみ(中谷美紀)の夫婦愛と、その後の親子・家族愛が描かれている。
他の人のレビュ−を見ると、中谷美紀をほめているコメントが多いが、内野聖陽が演じる栄吉もいい。人が好くて実直な若者と、頑固な職人の親父を見事に演じ分けている。商売敵の悪役・平野屋を演じる中村梅雀もはまり役。
ストーリーは単純といえば単純だが、こういった江戸人情ものは誰でも安心して楽しむことができていいと思った。
あかね空 (文春文庫)
NHK時代劇「次郎長・背負い富士」が好評な山本一力氏(原作は『背負い富士』)。本書は氏の直木賞受賞作。上方から江戸に下った豆腐職人の親子二代にわたる人情時代小説である。
食べ物の描写が魅力的な時代小説には外れがないというのがわたしの経験則だが、江戸の、上方の豆腐が目に浮かび、手ざわり、舌ざわりが感じられるようで、やはりそれに見合う鮮やかで手応えのある物語だった。
第一部では、豆腐職人永吉と妻おふみが苦労の上成功し、三人の子を授かる様が描かれる。しかしそれぞれの思いがすれ違いぎくしゃくしていき、店潰しを目論む同業者なども絡む。親の他界後、葛藤は子どもたちに引き継がれる。葛藤の理由が明らかにされ、もつれた糸がほぐれていくのが第二部だ。
第二部では、子どもたちをはじめ、次男の嫁など複数の視点から、謎解きめいた形で第一部が語り直されていく。よって時間が行きつ戻りつし、戸惑い立ち止まる箇所があるが、自分にとってはそれがどんどんページを繰りたくなるこの物語をじっくり味わうためのほどよいブレーキになった。
本作執筆のきっかけには山本氏の実体験が動機になっているそうで、思い入れの強さが滲んでいる。が、ひとりよがりの押しつけがましい物語にならずに踏みとどまっているのは氏の筆の力と思う。氏の提唱する「家族力」。親子二代の時代小説という形式を得て、シンプルであたたかみのあるメッセージとなった。
縄田一男氏の解説も、本書にほれ込んだ人だけに熱が入っている。直木賞選評なども引用されており読み応えがあった。
赤絵の桜―損料屋喜八郎始末控え (文春文庫)
数ある山本一力作品の中から「銀しゃり」を最初に読ませて頂き、魅了された.読み終わってから約一年が経った今でも記憶に残り、小説の中の情景が時々泡の様に浮かび上がってくる.
「損料屋喜八郎始末控え」シリーズは山本作品として二番目に読んだ事なるが、やはり「銀しゃり」同様に読み始めて直ぐに引き込まれてしまった.「銀しゃり」もそうであったが、氏の文体は読み易く、舞台背景、人物像、人物やモノ同士の繋がりなどのcharacterizationがしっかりとしている.読みかえす事無く滑らかに読み進む事ができる.まるで理路整然とした科学論文を読むようだ.
考証もしっかりとしていて、生活習慣、経済や政治、風景街並、小道具など仔細にに噛み砕かれていて、読み手に感触、匂いや味、音、色、柄、気温、湿度等々多くの要素が伝わってくるのは好感が持てる.また、色々な蘊蓄に出会えるのも楽しい.
「赤絵...」のストーリーの展開には少し無理があって、途中から「あれっ?」と思わせられるところもあったが、読み手の好みもあるので何とも言えない.