孤独のグルメ 【新装版】
猛烈な空腹を抱えてさまよい歩いた末に、満を持して口に放り込んた食べ物がまるで地上のものとは思えぬほどに美味だったとき。そのあまりのおいしさに思わず同伴者とは言葉少なになって、「おいしいね」とか「うまいよ」とか頭を使わずに胃袋から発せられる単語だけは交わすものの、二人はそれぞれひたすらにその旨さを個人的に受け止めていた、という経験が一度ならずある。
もちろん、ものを食べる楽しさは誰かと分かち合う楽しさでもあるのだけど、「食べる」という行為だけを取り出して眺めると、元来至極個人的な営みであるわけです。
色んな街で、色んな状況で、一人ふらりと店に入ります。
店の様子や店員に目を配りながら、おそるおそるに、でも期待を込めつつメニューをひらき、今の自分を最大満たしてくれる最上の一品を探すため自分の胃袋とメニュー内容とを擦り合わせては模索して、ついにははっきりとした声で注文する。注文を終えて一息付けば、自分からは滅多に見ないお昼のテレビ番組に妙に感心したり得心したり、店の客筋からこの付近の事情を推察したり。さらにちょっと昔の回想なんかを重ねてうっかり感傷に浸っていると、そこに程よく食べ物がやってくる。
そこから先は、ただ、ただ、食べる。 思って、食べて、 食べて、思って。
なんのドラマもないけれど、それでもある微妙で密やかな色合い。心の襞がかすかにゆらりと揺れるような、そんな話。癒し系カフェでなくとも、老舗料亭でなくとも、スノッブなレストランでなくともできる食の独り悦楽、私はこれから学びました。そして時に食べ過ぎるのです。うっぷ。久住昌之の関心力と谷口ジローの描画力。どちらかだけではその偏りにちょっと近づき難い二人の才能が、相乗効果をあげつつ遺憾なく発揮されている最高の一冊です。
散歩もの (扶桑社文庫)
『通販生活』で読んでいるときは、全く違和感がなかったのだけども、
こうして1冊にまとまると、少し力が足りない感じ。
もう少しボリュームが欲しい分、あとがきが充実している。
しかし、この作品は文庫では駄目だ。
せめて『通販生活』と同じ版。もっと大きくてもいい。
1日1コマしか描けないほどの緻密な絵を、存分に楽しみたい。
3,000円までは出すから、画集みたいな形で出してほしいな。
孤独のグルメ (扶桑社文庫)
モノを食べる時にはね、誰にも邪魔されず
自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ
独りで静かで豊かで…
このセリフ!まさに期待通りの久住昌之。
私は「芸能グルメストーカー」から流れ込むようにこの作品に触れた口なのですが、
06年10月時点で実に第14版、作品の息の長さが伺えます。
「ダンドリくん」「かっこいいスキヤキ」等、日常性の中に潜むおかしみを
ダンディズムを交えて語ってきた久住昌之氏と、
狩撫麻礼・メビウス・夢枕獏など錚々たる面々の原作を手がけてきた
職人・谷口ジロー氏の(一部漫画好きにとっての)夢の邂逅。
明確なオチやストーリーなどはありません。
盛り上がるでもなく、しかし決して退屈にもならず、
久住氏の重箱の隅を突くようなこだわりと谷口氏の超精密な絵でもって流れていきます。
それがもう、どうしようもなく、いい。こんな贅沢な漫画もそうそうありません。
ただし、「一家に一冊」という類の本ではないですね。
男がひっそりと独りで読むような、ある種の隠れ家的愉しさに満ちています。
男の本棚に、静かに一冊。