霧笛荘夜話(初回)
浅田次郎の小説『霧笛荘夜話』のお話のイメージを元に7つの曲が収録されています。
「映画音楽」というジャンルはありますが、「読書音楽」という新ジャンルが作られたようです。
このCDに惹かれたのは、加羽沢美濃の曲が4曲収録されていることです。加羽沢美濃の大ファンで、高嶋ちさ子と加羽沢美濃のデュオ『chisa&mino』も持っていますので、早速これも買いました。
1曲目の≪霧笛荘のテーマ≫「港の見える部屋」からは、少し不思議な香りが音楽と共に漂ってきました。加羽沢美濃の上品な音楽作りが、このCDを格調高い物にしています。
4曲目の「瑠璃色の部屋」の冒頭のシンセサイザーが宇宙への広がりを感じさせてくれます。
神秘的で、とても美しく、全編の中で、この演奏が一番気に入りました。
また、5曲目の「花の咲く部屋」の少し翳りのある音楽と、加羽沢美濃のピアノがとてもマッチしています。北欧の音楽のような感じがしました。
ラストの7曲目の ≪エピローグ≫「ぬくもりの部屋」を聴いているととても穏やかな空気に包まれていきます。加羽沢美濃の作曲家としての力量を感じさせる作品群です。
全編を通じて、高嶋ちさ子の低域の伸びるヴァイオリンが情緒たっぷりで印象的でした。バックを演奏するミュージシャンの質も高く上質の「ヒーリング・ミュージック」に仕上がっています。
浅田次郎の本を読まなくても楽しめるCDです。
勿論、読後に聞くと新たな感慨を持ちますが・・・・。
浅田次郎のファンの方、CHISA&MINOのファンの方、是非これをお聴き下さい。
「映画音楽」というジャンルはありますが、「読書音楽」という新ジャンルが作られたようです。
このCDに惹かれたのは、加羽沢美濃の曲が4曲収録されていることです。加羽沢美濃の大ファンで、高嶋ちさ子と加羽沢美濃のデュオ『chisa&mino』も持っていますので、早速これも買いました。
1曲目の≪霧笛荘のテーマ≫「港の見える部屋」からは、少し不思議な香りが音楽と共に漂ってきました。加羽沢美濃の上品な音楽作りが、このCDを格調高い物にしています。
4曲目の「瑠璃色の部屋」の冒頭のシンセサイザーが宇宙への広がりを感じさせてくれます。
神秘的で、とても美しく、全編の中で、この演奏が一番気に入りました。
また、5曲目の「花の咲く部屋」の少し翳りのある音楽と、加羽沢美濃のピアノがとてもマッチしています。北欧の音楽のような感じがしました。
ラストの7曲目の ≪エピローグ≫「ぬくもりの部屋」を聴いているととても穏やかな空気に包まれていきます。加羽沢美濃の作曲家としての力量を感じさせる作品群です。
全編を通じて、高嶋ちさ子の低域の伸びるヴァイオリンが情緒たっぷりで印象的でした。バックを演奏するミュージシャンの質も高く上質の「ヒーリング・ミュージック」に仕上がっています。
浅田次郎の本を読まなくても楽しめるCDです。
勿論、読後に聞くと新たな感慨を持ちますが・・・・。
浅田次郎のファンの方、CHISA&MINOのファンの方、是非これをお聴き下さい。
天切り松 闇がたり [DVD]
※先に浅田次郎氏の原作を読んでないことを表明致します。
先日亡くなった十八代中村勘三郎が主人公と言うことで見てみました。映画かと思っていたのですが、テレビドラマだったのですね。勘三郎が演じるのは“天切り松”という異名を持った大正〜平成に活躍した伝説の泥棒のようです。どうも年齢設定に無理があるような気がしますが…そこはご愛敬という所でしょうか。
内容はいくつかのお話が合成されたオムニバス形式になっています。
泥棒が活躍するお話と言うことですが、アクションなどは少なく、淡々と話が進んでいくところが浅田次郎さんらしいところでしょうか。盗賊団のボス・渡辺謙、ナンバー2の椎名桔平、遊郭に売られた薄幸の姉・井川遥など脇役が豪華なのも見所です。今は出身地?に戻られた丹波哲郎氏が東郷平八郎役で出ているのもはまっています。今頃勘三郎と何か話をしているのでしょうか。
セットの他に、明治村など当寺の建て物を使ってロケをされており、なるべく当時の雰囲気に近づけようというスタッフの努力は感じられます。
なお、肝心の勘三郎ですが、意外に出演シーンは少なかった(苦笑)。子役が活躍している場面が多かったです。
先日亡くなった十八代中村勘三郎が主人公と言うことで見てみました。映画かと思っていたのですが、テレビドラマだったのですね。勘三郎が演じるのは“天切り松”という異名を持った大正〜平成に活躍した伝説の泥棒のようです。どうも年齢設定に無理があるような気がしますが…そこはご愛敬という所でしょうか。
内容はいくつかのお話が合成されたオムニバス形式になっています。
泥棒が活躍するお話と言うことですが、アクションなどは少なく、淡々と話が進んでいくところが浅田次郎さんらしいところでしょうか。盗賊団のボス・渡辺謙、ナンバー2の椎名桔平、遊郭に売られた薄幸の姉・井川遥など脇役が豪華なのも見所です。今は出身地?に戻られた丹波哲郎氏が東郷平八郎役で出ているのもはまっています。今頃勘三郎と何か話をしているのでしょうか。
セットの他に、明治村など当寺の建て物を使ってロケをされており、なるべく当時の雰囲気に近づけようというスタッフの努力は感じられます。
なお、肝心の勘三郎ですが、意外に出演シーンは少なかった(苦笑)。子役が活躍している場面が多かったです。
壬生義士伝 [VHS]
時代劇といえばアクションが重点的であったり、
時代背景の歴史的描写や主人公の人格が中心で
あったりすることが多かったのですが、
壬生義士伝はどちらにもあてはまらない。
幕末新撰組を舞台にした、ひとりの男の生き様と
愛情を描いたヒューマンドラマといえる。
義を重んじる武士の生き様は潔く、貧しくとも
夫を、家族を支えようとする妻は強く、
今は影が薄くなった、古き良き日本の「美しさ」が
そこには描かれていた。
友情、愛情、家族愛の押し寄せる波に
涙があふれて止まらない。
特に、働くお父さんには涙なしに見れないのでは?
時代背景の歴史的描写や主人公の人格が中心で
あったりすることが多かったのですが、
壬生義士伝はどちらにもあてはまらない。
幕末新撰組を舞台にした、ひとりの男の生き様と
愛情を描いたヒューマンドラマといえる。
義を重んじる武士の生き様は潔く、貧しくとも
夫を、家族を支えようとする妻は強く、
今は影が薄くなった、古き良き日本の「美しさ」が
そこには描かれていた。
友情、愛情、家族愛の押し寄せる波に
涙があふれて止まらない。
特に、働くお父さんには涙なしに見れないのでは?
鉄道員(ぽっぽや) [DVD]
この映画の中の健さんは実に静かだ。
派手な立ち回りも、アクション・シーンもない。
しかし、北海道の吹雪の駅に一人立つ健さんは、不器用で、一途で、自分の仕事を全うしようとする、少々時代遅れのいつもの健さんだ。だが、その反時代的な生き方が醸し出すダンディズムは、この映画の中でも、静かな「男の美学」として観る者の心を打つ。
ただ、他の多くの健さんの映画と違うのは、死んだ娘との「再会」という、最も涙を流しやすい題材をベースにしている点だろう。確かに、見え見えの「お涙」ちょうだいの劇だが、死んだ肉親に、たとえ「幽霊」であっても会うことができるなら、という人間の永遠の「夢」を描いているがゆえに、「通俗」ではあっても、共感を呼ぶ映画になっている。
また、脚本が良く練られているからだと思うが、淡々とした「ぽっぽや」の日常に、回想場面をうまく織り交ぜながら、登場人物の背景を描いていく構成はお見事。
静かに生き、そして静かに死んでいく健さんの美学に、北海道の雪はよく似合う。
「やくざ」映画とは一味違う高倉健だが、「健さん」はやはり「健さん」である。
派手な立ち回りも、アクション・シーンもない。
しかし、北海道の吹雪の駅に一人立つ健さんは、不器用で、一途で、自分の仕事を全うしようとする、少々時代遅れのいつもの健さんだ。だが、その反時代的な生き方が醸し出すダンディズムは、この映画の中でも、静かな「男の美学」として観る者の心を打つ。
ただ、他の多くの健さんの映画と違うのは、死んだ娘との「再会」という、最も涙を流しやすい題材をベースにしている点だろう。確かに、見え見えの「お涙」ちょうだいの劇だが、死んだ肉親に、たとえ「幽霊」であっても会うことができるなら、という人間の永遠の「夢」を描いているがゆえに、「通俗」ではあっても、共感を呼ぶ映画になっている。
また、脚本が良く練られているからだと思うが、淡々とした「ぽっぽや」の日常に、回想場面をうまく織り交ぜながら、登場人物の背景を描いていく構成はお見事。
静かに生き、そして静かに死んでいく健さんの美学に、北海道の雪はよく似合う。
「やくざ」映画とは一味違う高倉健だが、「健さん」はやはり「健さん」である。
一刀斎夢録 上 (文春文庫)
さすが浅田さん! 一気に読み切ってしまいました。 とても面白い作品です。 情感が豊か、というのはまさにこの本の描写のようなことを言うのでしょう。
しかしながら。 あえて申し上げるならば、<設定>にかなり無理があると思います。 果たして激動の時代を生き抜いてきた斎藤一が、いかに晩年に至ったとはいえ、容易に他人(=梶原)を信用し、自らの最も奥深い部分を何夜にも渡り語り聴かせるでしょうか? 幕末の剣客と明治の“剣豪”、朝廷・幕府を守護することを自負していた新撰組と近衛将校、“共通項”があるといえばあるにせよ、あまりに非現実的です。
「自らの過去を整理する為、自分の為に語った。 梶原でなくても誰でもよかった。」という仮説も立てることができるでしょう。 それにしても、独白にしては長過ぎる気は致します。
ひとの記憶というのは曖昧なもので、大昔の場面場面の詳細を克明に描くことができるひとは稀です。 しかし、皆無ではありません。 ある国の、かつてゲリラ戦士であった方の記憶力は圧倒的でした。 浅田さんの“斎藤一”ももしかすると同じ類の能力を持ち合わせていたのかもしれませんね。
しかしながら。 あえて申し上げるならば、<設定>にかなり無理があると思います。 果たして激動の時代を生き抜いてきた斎藤一が、いかに晩年に至ったとはいえ、容易に他人(=梶原)を信用し、自らの最も奥深い部分を何夜にも渡り語り聴かせるでしょうか? 幕末の剣客と明治の“剣豪”、朝廷・幕府を守護することを自負していた新撰組と近衛将校、“共通項”があるといえばあるにせよ、あまりに非現実的です。
「自らの過去を整理する為、自分の為に語った。 梶原でなくても誰でもよかった。」という仮説も立てることができるでしょう。 それにしても、独白にしては長過ぎる気は致します。
ひとの記憶というのは曖昧なもので、大昔の場面場面の詳細を克明に描くことができるひとは稀です。 しかし、皆無ではありません。 ある国の、かつてゲリラ戦士であった方の記憶力は圧倒的でした。 浅田さんの“斎藤一”ももしかすると同じ類の能力を持ち合わせていたのかもしれませんね。