非写真
カメラと写真を中心においたホラー短篇集です。
3.11の被災地で、死者が写り込む様になってしまう「さるの湯」から始まる9篇が収められています。
それぞれの短篇のテーマやモチーフが少しづつ重なる形で、物語は違うのですが「しりとり」の様に繋がってゆきます。
私が気に入ったのは、この中で唯一「ホラー」の要素のない「約束」です。
何十年も前に分かれた同棲していた女性の息子との出会いから物語が始まります。
その別れた女性の気持ち。
実の父親と知りながら、そんな風な様子を全く見せず会談をする息子。
何十年前の「約束」を果たすため急遽病院に駆けつける主人公。
「若さ」故に相手の気持ちも解らず別れてしまった二人が、一つの「約束」に依って結びつきを取り戻す物語です。
そこには、主人公のデビューのきっかけとなった「写真」があった訳です。
この本を通して面白かったのは、「写真」と言う「芸術」の意味を求めてゆく所です。
現時点の「真実」を捉える「写真」に、作者の「意思」「意図」はどうあらわされるのか?
「写真」=「芸術」ならば、当然ぶつかる問題かも知れません。
3.11の被災地で、死者が写り込む様になってしまう「さるの湯」から始まる9篇が収められています。
それぞれの短篇のテーマやモチーフが少しづつ重なる形で、物語は違うのですが「しりとり」の様に繋がってゆきます。
私が気に入ったのは、この中で唯一「ホラー」の要素のない「約束」です。
何十年も前に分かれた同棲していた女性の息子との出会いから物語が始まります。
その別れた女性の気持ち。
実の父親と知りながら、そんな風な様子を全く見せず会談をする息子。
何十年前の「約束」を果たすため急遽病院に駆けつける主人公。
「若さ」故に相手の気持ちも解らず別れてしまった二人が、一つの「約束」に依って結びつきを取り戻す物語です。
そこには、主人公のデビューのきっかけとなった「写真」があった訳です。
この本を通して面白かったのは、「写真」と言う「芸術」の意味を求めてゆく所です。
現時点の「真実」を捉える「写真」に、作者の「意思」「意図」はどうあらわされるのか?
「写真」=「芸術」ならば、当然ぶつかる問題かも知れません。
ジャーニー・ボーイ
本作品の舞台は明治11年、英国人で秘境旅行家として知られるイザベラ・バードの日本旅行のガイド、しかし実態は日本国の密命として彼女を狙う何者かから護るを担う伊藤”ピストルボーイ”鶴吉の波乱万丈のジャーニーを描いている。
先ず云いたいのは、amazonのあらすじがミスリードなこと!
イザベラ・バードは冒険家ではないし、本作も冒険小説ではない。
読めば分かることだと思いたいが(作中で、バード自身が「冒険が楽しみ」と自身の旅を語ってもいる)先達レビューはミスリードのまま終わっている。安易な煽りが、酷い誤導&誤読を招くこともあるということ、出版社には猛省を促したい。
実際には、拙レビュータイトルの通り、オーソドックスなプロットのSPを主人公としたサスペンスが本作の内容。また、バード女史は間違ってもインディー・ジョーンズのような方ではなく、西洋人にとって未開の地を訪ねるのがメインであり、当時の冒険家が挑んだアフリカ内部や北極なんかに行くわけではない。
本作品の魅力は、SPモノ以外にも多層的な味わいがある点。
一つには、West meets Eastつまり、バードと鶴吉のぶつかり合いから描き出される文化・文明の交錯であり、なかなかに味わい深い。
そして、明治11年という時代を描き上げる手腕はさすがの高橋克彦で時代小説としても十分楽しい。
時代小説としては実に豪華な脇の使い方で、金谷宿に大内宿、サトウさんに藤田五郎にヘボン先生、こんなのが何の説明もなしにサラッと登場する。
そして、驚かされたのが鶴吉が実在の人物である点。バードの旅行記は断片的にしか読んでおらず、彼の存在を考えたこともなかったが、後にはVIP通訳として世に知られたようだが、ピストルボーイ云々は本作のオリジナルの様子。彼とバードの話を中島京子は恋愛モードで作品「イトウの恋」にしており、こちらと比べるのも一興。
ネタバレなのでキチンと書けないのが残念なのだが、本書の舞台である明治11年は「るろ剣」で志々雄の騒乱が起きた年(宗次郎が手始めに大久保利通を暗殺している)藤田五郎さんとは違う形で明治11年を生きる者達の生きざまを味わってこそ、本作品の真の価値を堪能できることになろう。
本作は連載の関係か10年以上の歳月を要している。その間に作品のテーマや主人公まで移ろうているのが面白い。
先ず云いたいのは、amazonのあらすじがミスリードなこと!
イザベラ・バードは冒険家ではないし、本作も冒険小説ではない。
読めば分かることだと思いたいが(作中で、バード自身が「冒険が楽しみ」と自身の旅を語ってもいる)先達レビューはミスリードのまま終わっている。安易な煽りが、酷い誤導&誤読を招くこともあるということ、出版社には猛省を促したい。
実際には、拙レビュータイトルの通り、オーソドックスなプロットのSPを主人公としたサスペンスが本作の内容。また、バード女史は間違ってもインディー・ジョーンズのような方ではなく、西洋人にとって未開の地を訪ねるのがメインであり、当時の冒険家が挑んだアフリカ内部や北極なんかに行くわけではない。
本作品の魅力は、SPモノ以外にも多層的な味わいがある点。
一つには、West meets Eastつまり、バードと鶴吉のぶつかり合いから描き出される文化・文明の交錯であり、なかなかに味わい深い。
そして、明治11年という時代を描き上げる手腕はさすがの高橋克彦で時代小説としても十分楽しい。
時代小説としては実に豪華な脇の使い方で、金谷宿に大内宿、サトウさんに藤田五郎にヘボン先生、こんなのが何の説明もなしにサラッと登場する。
そして、驚かされたのが鶴吉が実在の人物である点。バードの旅行記は断片的にしか読んでおらず、彼の存在を考えたこともなかったが、後にはVIP通訳として世に知られたようだが、ピストルボーイ云々は本作のオリジナルの様子。彼とバードの話を中島京子は恋愛モードで作品「イトウの恋」にしており、こちらと比べるのも一興。
ネタバレなのでキチンと書けないのが残念なのだが、本書の舞台である明治11年は「るろ剣」で志々雄の騒乱が起きた年(宗次郎が手始めに大久保利通を暗殺している)藤田五郎さんとは違う形で明治11年を生きる者達の生きざまを味わってこそ、本作品の真の価値を堪能できることになろう。
本作は連載の関係か10年以上の歳月を要している。その間に作品のテーマや主人公まで移ろうているのが面白い。