日本語によるショスタコーヴィチ評伝における嚆矢であり、幾多の先行研究を踏まえている分、おそらく有数のハイレベルな1冊。しかも
コンパクトで読みやすい。
20世紀最大の芸術家といえるショスタコーヴィチは、ソ連邦の悲劇を生きた証人でもあるが、その「二枚舌」「二重言語」と言われたしたたかさによって生き延びた芸術家でもあった。
同業者をはじめ、多くの芸術家がテロルの犠牲者ともなった時代を生き延びるのは生半可なことではないととともに、断腸の思いや忸怩たる思いで変節を自らに強いざるを得なかったであろう。ネップ時代のルナチャルスキーが失脚せずに(ということはつまりスターリンが台頭せずにということと同義だが)、その文化政策が継続していれば随分とその運命は変わっていただろう。
ミハイル・バフチンやヴェデルニコフといった真性の天才たちももっと活躍したに違いない。
マヤコフスキーやメイエルホリドは一体どこまで到達しただろうか?
ショスタコーヴィチの晩年は、保守派への変節と取られたようだが、それこそ哀しき「三つ子の魂」と言えるのだろうか。最早、本能的な二重言語のような気がする。