日中国交正常化 - 田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑戦 (中公新書)
田中首相・大平外相のコンビが外務官僚と一丸となって、日中国交正常化を成し遂げる経過をドキュメンタリータッチに紹介する。前半では、下交渉や台湾への断交通告を、後半で田中・大平が訪中し交渉した6日間を書いている。日中の一次史料はもちろん、下交渉を主導した橋本中国課長、共同声明文を起案した栗山条約課長など、枢要な人物に直接インタビューし、交渉現場の空気をそのままに描く。その筆致はまさにドラマチックの一言だ。
中盤のヤマは台湾との「円満断交」。断交なんてしたら普通は戦争状態。猛反対されるのはやむなしだが、民間レベルは今まで通りにしたい。親台派の椎名悦三郎を送り、当時病床の蒋介石を代行し、実権を握っていた蒋経国と会談する。互いの発言をウソと知りつつしらばっくれ、「断交の話を伝達した」日本と「断固反対と答えた」台湾、互いの顔を立てて「会談は成立した」ことにする過程が実に読ませる。椎名特使随行議員団の末席にハマコーがいるのだが、ホテルへ車で向かう途中、デモ隊にフロントガラスを叩き割られる。だが、あの短気な男・ハマコーが「我慢しよう」と呼びかける姿が何ともいい。そして、ハイライトである訪中交渉では、中国の絶対条件「台湾は中国領であると認めよ」、「日華条約は無効とせよ」という主張に対し、日本は、前者については栗山課長の腹案「日本は台湾独立を認めないが、中国領の主張も受け入れない(「尊重する」)」、後者については、橋本課長の提言「不自然な状態」を採用して決着させた。
主眼は題名の通り日中国交正常化だ。しかし著者は、真の政治主導のあり方は何かを、戦後外交最大の難関だった日中正常化交渉から見出そうとしている。なぜ今政治主導か。今の子供のサッカーみたいな首相とその与党を見れば明らかだ。消費増税、TPP、最近では、エコタウン、1000万軒太陽光発電…大プロジェクトをぶち上げては何もしない。あるいは、消防に「早く放水しないと処分する」と激高するほど自分たちで決めないと気が済まなかった割に、与党内すらまとめられない。事故収束も、避難者の生活再建もまだ道筋が見えないのに、「自然エネルギーへの30年来の思い」とやらをブログに延々と書き綴る。これほど「政治主導」に泣かされている時代はない。
田中は「正常化すべき」という橋本課長の助言で正常化を決断し、交渉の条件設定まで外務官僚に任せる。その一方で、官僚は首相、外相と密に連携を取り、逐一報告する。交渉が暗礁に乗りかかっても田中は「大卒が何とか考えろ」と冗談を飛ばし、場を和ませる。帰国してからの両院議員総会は右派議員の激しい怒号を田中・大平コンビで浴びまくる。本書の巻末で、田中のリーダーシップの要素として、企画構想力、決断力、実行力、包容力を、大平のリーダーシップについては綿密な準備と調整力を、そして両者とも人を使いこなす才があったと、直接仕えた官僚たちは見る。豪放な田中と緻密な大平が互いを補い、最終的な責めは自分たちが負う覚悟なしに、正常化はあり得なかった。そして、著者も、田中、毛とも絶大な権力を持っていたから、互いの国内で反対の多かった国交正常化を実現できたという。そして前首相、現首相ともおそらくいずれの力もない。「角さんがいれば」とは思わないが、せめて、震災の失態を忘れさせるための派手な「新政策」をぶち上げて目をくらませるだけの「政治主導」に、与党がおさらばして、被災者の生活再建を地道に支えてくれれば……と本書を読んで思う。
300を超える脚注を従え、本書はあたかもその場に席を同じくするかのように、状況説明、舞台の情景描写、登場人物の会話や時に心情まで立ち入って解説する。厳密な史料研究と聞き取り調査に基づきつつも、ドキュメンタリータッチの長編ドラマを見ているかのようだ。そして、主役の田中・大平はもちろん、親台派にもかかわらず台湾へ詫びに行く、ちょい役ハマコーまでかっこいい。また、外交史に「政治主導のあり方」という、今まさに問われている国内の政治課題を、テーマとして重ね合わせる手法。新書としての完成度は非常に高い。「政治主導とは何か」、考えたい人には読むことを勧める。