蝿の帝国―軍医たちの黙示録
1.戦争の実体を、軍医たちの理性的な目で見ている。感情的な記述の戦記物が溢れる中で、貴重な証拠である。
2.敗戦後の満州で悲惨な目にあったという報告は多い。その中で、この本の中に示されている人間的な中国人たちが手を差し伸べてくれた経験は心が暖まる。
3.戦争体験者はいまや絶滅に瀕している。事実を冷静な目で見ている軍医たちの記述が文字として残されることは貴重である。
ソルハ
アフガニスタンのタリバン政権は女子から教育を奪っていたこと、成人女性はブルカで覆い人というより物に近い扱いであったことを本書で知りました。主人公の少女は母親をタリバンに殺されてしまいます。主人公も家族も失意の中にあっても平和で明るい日々が来ることを信じて「今できること」を続けていきます。それが命の危険を伴うことであっても。
私にとって学校は「行かねばならない所」であったし、砲火、爆撃のない街にいます。しかし四方八方を様々な競争に囲まれ、まるで砲火爆撃のように競争が襲いかかってくるように感じることがあります。この「ソルハ」は子供も大人も競争に撃破されないための一つの道しるべになると思います。
エンブリオ (下) (集英社文庫)
主人公の産婦人科医が、相当にむちゃくちゃなことをやっていて怖い。
中絶された胎児を培養して、移植用臓器にする。
ホームレスの男をだまして、勝手に受精卵を着床させ、妊娠させる。
パーキンソン病治療のために、産声をあげるまでに成長した胎児を中絶し、利用する。・・・。
最初は不快でしょうがなかったのが、その、徹底した狂医師ぶりに圧倒され、だんだん痛快になってくるから不思議だ。「魅力的な悪役ヒーロー」と言ってもいいんじゃないかと思う。
それに。彼は、私利私欲のために犯罪まがいのことに手を染めているのではない。
不妊に悩む夫婦のため。
適合する臓器を待つレシピエントのため。・・・。
多くの患者にとって、彼は間違いなく恩人であり、感謝し尽してもし足りない存在だ。
彼は「悪」なのか「ヒーロー」なのか。その矛盾が、医学の倫理観の難しさを内包し、ものすごく考えさせられるテーマとなっている。
答えの出そうもない深遠な問題を、やりたい放題の問題医師を主人公にしたことで、うまくサスペンス仕立ての小気味よい小説に仕上げていると思う。