昭和の階段(1)
工藤静香の声は春にあれば寒中に柔らかさを乗せる風であり、秋にあれば薄暮に愁いを醸す空のような切ない声であり、透明感と影をその中に湛えた特徴があると思える。それは、才能と自身の生き方をそのまま滲ませた儚く淡い色調なのだ。そして昭和のうたはそれを必要とする。
「元気を〜」では彼女のこえにある影が独特の落ち着きを出し、ソフトな歌い方により詩の素朴さが浮たつ(少し声が震える)。「恋人よ」での“そばにいてよ”の情感を残したままの跳躍は綺麗だ。さすがみゆき楽曲を歌いあげてきた実績からか、中低音を無理なく駆使し詩の風景の厳しさを描く。似合いすぎる「カサブランカ〜」では男のニヒルさも描ききれるのが彼女の器量だろう。一方で次の「かもめは〜」では哀しくもきれいな女心で落とす。凄い幅広さだ。再び激しい「氷の世界」は性別を超え、切るような強い声と散ってゆく儚さを魅せてくれる。
「黒の舟歌」は昭和の空の重さを感じさせる。だが彼女の声はそれをいやらしく鳴らさず、ララバイのように遠い日の懐かしささえ帯びさせた。「なんとなく〜」は逆にちょっぴり伝わるさりげなさが題名通り気持ちいい。「コーヒー〜」も“ウキウキ”と歌う際の音の切り方など上手い。
「アカシア〜」は前奏ピアノの美しい潤いに乗って“アカシアの雨にうたれてこのまま死んでしまいたい”と凝縮された出だしやこころが散ってゆくような儚いメロの音型、全て工藤の歌声にはまっている。「カスバの女」は最も昭和ナツメロ感を強調したアレンジだが、このレトロ感が素晴らしい。彼女のうたへの愛し方が伝わる。「黒百合の歌」はなんといっても「a」母音のみで主題の墜落感を表現できる歌心だ。描きたいイメージがしっかり伝わってくる。「テネシー〜」の裏声にみる儚さもそうだろう。「星の流れに」“こんな女に誰がした”と歌える女声歌手は貴重でずっと聴いていたいと思える。