雪の練習生
かわいらしい映像で世界中を笑顔にしたベルリン動物園の小熊、クヌート。本書はクヌートのおばあさんにあたるホッキョクグマが自伝を書き始めるところから始まる。ロシアのサーカス団の花形スターだった彼女はケガをきっかけにサーカスを引退し、自伝を書くことに・・。サーカスのクマの自伝はベストセラーになる。言語を自由に操る彼女は「未来の自伝」を書くことを決める。自分の人生はあらかじめ書いた自伝通りになると信じて。
第二章では自伝に描かれた娘トスカの物語だ。しかし語るのはトスカではなくサーカス団の女性調教師ウルズラである。ウルズラが自らの半生を回顧する文章が、いつの間にかトスカの物語と重なっていく。サーカス団を舞台にしてウルズラとトスカの人生が交わり、やがて境界があいまいになっていき、「死の接吻」という有名な出し物として結実する。
最後に登場するのがクヌートだ。トスカの育児放棄にあい、人間に育てられることになったクヌートは育ての親である人間を慕う。ストップ地球温暖化の象徴となったクヌートが動物園の内側から見る世界は不思議に満ちている。自分がどうふるまえば観客が喜ぶか、クヌートはよく知っているし、研究もする。祖母と母の遺伝子を確かに受け継いでいるのだ。
なんと言っても描写が素晴らしい。急いで読み進めることなく一文ずつをじっくりと味わって欲しい。美しい形容詞、クスリと笑ってしまう楽しい表現を存分に楽しめる。クマたちの語る言葉に耳を傾け、丁寧に読んでいくうちに、美しい白い毛皮を持つ大きな(しかし心優しい)ホッキョクグマたちが眼前に現れ、彼らを通して極北の空気を感じられるはずだ。
追記 クヌートは今年の3月に急死してしまった。とても残念だ。
尼僧とキューピッドの弓 (100周年書き下ろし)
大好きな多和田さんの新刊。味わいはキュートでおいしい!のに、決して軽くなく重厚な作りになっている。本当に不思議。登場人物を一読では覚えられないため、何度も前に戻り確認しながら読むのだけれど、それが苦痛にならない。読み心地が良すぎて、二回読みました。多和田さん、不思議です。。。本の装丁もステキ。
アサッテの人
読み始めた時は、変わった叔父のストーリーをちょっとした滑稽さを含みながら迷走する様を描いているように思えたが、途中からこの話は私自身にも潜んでいる隠れた欲求、衝動のようなものを叔父に重ね合わせているように感じられドキッとした。このアサッテとゆう感覚には誰もが何かしら共感できてしまう部分があると思う。読んでみないと全く予想もできませんが…