神聖喜劇〈第1巻〉 (光文社文庫)
軍隊の話ということで少し気が重かったんだけど、表紙がきれいなのと字が大きいことに惹かれて読んでみました。
出だしの文章が硬くって取っ付きにくい印象を受けるかもしれませんが、読んでいくとわくわくして続きを読まずにいられなくさせる小説です。主人公がピンチに陥っては切り抜けたり推理小説っぽいところがあったりして、軍隊の話というよりはエンターテイメントとして肩の力を抜いて楽しめます。
この小説の雰囲気をわかりやすく言うと、原のハードボイルドな探偵や村上春樹の小説の主人公を徴兵して軍隊に入れたらこんな感じになりそうです。主人公の格好よさもこの小説の魅力でしょう。
全5冊でまだ4冊あって毎月発売が楽しみです。
迷宮 (光文社文庫)
本作品は、推理小説という枠組みをとりながら、人間の老いと創造力というもの、安楽死あるいは尊厳死に対する是非というものを、考えさせられます(森鴎外『高瀬舟』の影響もあるのでしょう)。最後は、第四章『幽霊をめぐって』からの連関が素晴らしく、文字通り「うまくやられた!」的ではあるのですが、単なる推理小説を超えた、哲学的な問いを読者に残すところが、筆者の手腕であり、純文学作家たる所以です。
また、明らかに筆者が投影された人物である皆木旅人が、イプセンを始め、様々な作家や歌人や思想家について言及するところは、文学的に勉強になります。特に、第四章において、皆木が、「言論・表現公表者」の在るべき姿勢について言説する箇所は、多少なりとも文学に関心を持つ人は、必ずや読んでみるべきだと思います。
つまりは本書は、人間的な、文学的な、未完の問いを読者に残す好書です。
神聖喜劇〈第2巻〉 (光文社文庫)
2巻目に入った。長編を読む楽しみのひとつが、読んでいる期間中。本を閉じているときでさえ、その本で描かれた世界を思い描き、描かれた世界にともにいることだ。現実は本とともにあり、実際生きているここにはない。そういう不思議な陶酔状態を延々と続けることができる。読んでいる間だけ。
2巻目なのに、読み終わるのが惜しくなっている。意図的に読書速度を落として、この世界とともに過ごす時間が、少しでも長くしたいと考えつつある。
この小説の感想を述べてゆくことは、極めて困難だ。少なくとも現代小説には類例をみない。強いて例えるなら、昭和16年から昭和20年に起きた、軍隊生活内部での、できごとを、古文の表現手法で描き出した世界なのだろうか。
軍隊内部で行われる日常を通じて、主人公の内面は、古典から政治、文学、漢文、詩作にいたる自分自身の知的蓄積の内部を目まぐるしく文献を検索し、相手の発言や意図を予測する。
その思考の面白さと、博識さ、ついでに学べてしまう、あらゆる分野の文献の楽しみ方、そういうものをいっしょくたにして、展開してゆく。
誰も真似ができない。類似のものを書いたとしても、この筆者以外の筆力と知力では、それは必ず破綻するだろう。