ハドリアヌス帝の回想
ローマ史に興味があって読みましたが、訳文の秀逸さに瞠目させられました。もちろん内容もすばらしく、ハドリアヌスという人間の中に現代人と古代人を同居させる力は圧巻です。大変感銘を受けたので、フランス語はほんの少し勉強した程度ですが、無謀にも原書も買ってしまいました。
なずな
「なずな」を通して見えてきた、外に開けていく《世の中》を体験しながら育んでいく父親役の菱山の、なずなに対する愛情が、それこそ手ですくえないほどに伝わってきました
菱山自身の囲碁の布石も予想もできない模様を描いていたように、それまでのものの見方や価値観が一変されていきます。「なずな」を世界の中心とみなしているときの考え方や言動の端々に親としての穏やかなまなざしが感じられました
私には子どもはいないけれど、子連れ草食動物の、そのときどきの心境にとてもよく共感できているような気がしてしまうのが不思議でした
赤ん坊には人を引き寄せる力があるのだという。そしてなずなの記録を丁寧に綴った、この小説にも読者の眼を惹く魅力があります。
子どもができるようなことがあれば、ぜひとも再読してみたいと思いました。菱山がなずなと過ごした日々の中で得ていたものが、自分にとってとてもうらやましく見えていたからかもしれません。
雪沼とその周辺 (新潮文庫)
堀江氏の作品は初めて読みました。『熊の敷石』という本を前から見ていて、変な題名だなあと思っていました。『雪沼とその周辺』という題名も、まるで何かの調査書の題目か、でなければ、エッセイを思わせますね。ところが、内容はすごくいいんです。まあ個人的な好みの問題かもしれないけど、連作短編の形で6編の話が互いにゆるく繋がりあいながら、進んでいきます。雪沼という山あいの小さな町に暮らす人々とそこで起こる静かな出来事。でも暗くはない。懐かしいような、何か臭いというか香りがする感じ。古くもない。人々の、息遣いが感じられて、ほっとする。好きなのは「スタンス・ドット」の閉店することになったボーリング場の主人の話と、「イラクサの庭」の女主人と、最後の「緩斜面」。特に、「緩斜面」でたこを飛ばして遊ぶ場面で、「イラクサの庭」にでてくるフランス料理屋が下の方に見えたりするところは、映像が目に浮かぶようで、雰囲気たっぷりです。読了後は感嘆のため息でした。