文章の話 (岩波文庫)
実生活の中で培われた強靭な思想が、ひるむことなく、親しみやすい語りかけ口調で綴られている。この思想はほんとに読みごたえがあり、もとは子供向けに書かれた本だが多分当時の読者がおとなになって読み返したとしたら泣いてしまうのではないか。論より証拠、引用するのでご自分の目で確かめてください。
「古今東西、どこをどう探したって、君って人は、決してもう一人とはいないんだ。君ばかりではない、A君、B君、C君、・・・僕もそうだが、みんなひとり残らず、歴史にもなければ、世界のどこに行ってみても、決して出てくる気遣いのない、たった一人の人物なんだよ。よく、東郷元帥は世界的の武人だとか、野口英世博士は世界的の学者だとか言うが、それは、世界的に名が聞こえている、というだけの意味じゃない、もしそういう人たちに死なれたら、世界中探しても、他にもうあれほどの武人はいない、あれほどの学者はいない、つまり、死んだが最後、もう絶対にかけがえのない、取り返しのつかない、立派な宝物だ。国宝と言うが、それ以上、世界宝なんだ、という意味も含まれているんだぜ。しかし、良く考えてみたまい、僕らだって、その点、ちっとも変わりはないんだ。そうじゃないか、君が死んだあとに、君がいるかい?僕が死んでしまったら、もう決して僕はいないんだ。そういうわけで、人間は、ひとりのこらず『世界的』以上、『古今東西的』な存在なんだよ、一人一人が、絶対にかけがえのない宝物なんだ」。
恋ごころ 里見トン短篇集 (講談社文芸文庫)
有島武郎の弟で白樺派の一人と文学史的には知っていたし、面白いと噂には聞いていたけど初めて読みました。いや、おもしろい。短編というには一つ一つがやや長めの本作では「縁談窶」と「妻を買う経験」がよかった。
前者は大正14年に書かれたもので、初老の男が幼いころから知っている知り合いの娘が、適齢期を迎えて見合いを繰り返すのだが、男からみると娘は「縁談窶(やつれ)」ともいうべき精神的に不安定な状態にある。そんな娘を男は鎌倉の家に招待するのだが、、、という話。後者は昭和22年に書かれたもので、これも初老の男の知り合いの息子が芸者と結婚したいと言い出して、お金のことやら家族のことやらを引き受けた男が、うまく話をまとめようとして仲介しようとするが、、、という話。
ともに、「観察者」である主人公の細部にわたる詳細な報告もすばらしいし、それが自分に跳ね返ってきて記憶をまぜかえすのもすばらしい。ヘンリー・ジェイムズの名作「大使たち」に負けないといっては言い過ぎかもしれないが、内的独白と仲介者の悲哀の感覚は珠玉の出来栄えです。